人間と共に存在した『聖書に書かれている怪獣たち』

こんにちは、meganejiです。

ガメラやゴジラのお話ではないです。

表題にある様に『聖書』の中に書かれているお話で、しかも『ノア』以降ですので、割と近年のお話なのです。

既に、人間が100数十歳くらいまでしか、生きられなくなった頃のお話です。

では、始めます。

最初の怪獣さんは、名前を『The behemoth』と言います。

出典は、ヨブ記:40-15~24です。

文語訳、口語訳、新改訳聖書には、そろって、これを『河馬(かば)』と訳しております。

聖書原文:(口語訳)

40:15 河馬を見よ、/これはあなたと同様にわたしが造ったもので、/牛のように草を食う。

です。

しかし、聖書に書かれた、ここの内容は、現在に存在しない生物なのです。

英語訳では、そろって『The behemoth』となっていて、河馬(a hippopotamus)ではありません

英語聖書原文:(ニュー・キング・ジェイムス、バージョン)では、

40:15 “Look now at the behemoth, which I made along with you;He eats grass like an ox.

と書かれてあります。

確かに、『the behemoth』となっておりますよね。

これは、『a hippopotamus(河馬)』と違って現存しない生物の名前です。

とんでもない訳ですね。(こう言う事を言うから叱られるのですが)

でも、実は日本語訳でも真面な訳はあるです。

それは、今迄にも出て来ております、日本キリスト教会の最新叡智の結晶、プロテスタントとカトリックの『新共同訳』聖書の事です。

こちらでは「かば」と訳されておりません。

この聖書原文は下記の通りです。(神がヨブに言っている言葉です)

40:15 見よ、ベヘモットを。お前を造ったわたしはこの獣をも造った。これは牛のように草を食べる。

となっております。

発音も漸くわかりましたね。

それではこのまま聖書の『ベヘモット』の描写を続けて見て行きましょう。

読み進めて行くと、やっぱり現存生物ではないなと言う事がわかると思います。

聖書原文:(新共同訳)

40:16 見よ、腰の力と腹筋の勢いを。

 40:17 尾は杉の枝のようにたわみ/腿の筋は固く絡み合っている。

 40:18 骨は青銅の管/骨組みは鋼鉄の棒を組み合わせたようだ。

 40:19 これこそ神の傑作/造り主をおいて剣をそれに突きつける者はない。

 40:20 山々は彼に食べ物を与える。野のすべての獣は彼に戯れる。

 40:21 彼がそてつの木の下や/浅瀬の葦の茂みに伏せると

 40:22 そてつの影は彼を覆い/川辺の柳は彼を包む。

 40:23 川が押し流そうとしても、彼は動じない。ヨルダンが口に流れ込んでも、ひるまない。

40:24 だれが、かぎでこれを捕えることができるか。だれが、わなでその鼻を貫くことができるか。

となっております。

40-17は、英語を読むと、『彼は尾を杉の木の様に動かし』となっております。

即ち、

40:17 He moves his tail like a cedar;The sinews of his thighs are tightly knit.

という事です。

河馬の尻尾は、杉の木ほどそんなに太かったでしょうか?

否! ですよね。

どう見ても、現存しない生物の事です。

 

ヨブ記には、続けてもう一つ謎の怪獣が出てまいります。

こちらは、もっと強烈で、その名前は、『Leviathan 』と言います。

出典、ヨブ記:41-1~26

こちらも、文語訳、口語訳聖書では、実存する生物の名前に変わっていまして、そろって『わに』と訳されております。(しかも釣針と来ました)

41:1 あなたはつり針で/わにをつり出すことができるか。糸でその舌を押えることができるか。(口語訳)です。

しかし、こちらの場合、新改訳は、真面に『未知の生物』としてそのままの名前で訳されております。(いやこんな事を言っているから怒られてしまいます)

でもこう言われても仕方がないのです。

なぜなら、この部分を英語版(ニュー・キングジェイムス、バージョン:略してNKJと言います)では、

41:1 “Can you draw out Leviathan with a hook,Or snare his tongue with a line which you lower? となっていて、わに(a crocodile)とは、何処にも出てこないのですから。

それでは、

こちらも、『新共同訳』を見てみましょう。

但し、新共同訳では40章の25節になっております。

この相違は、所謂、訳に使用する『底本』が違っている事から起こるものです。

口語訳と新共同訳では、訳に使用する原本が違うのです。

しかも、口語訳と新共同訳では、訳する人たちの訳に対する方針と思想が大きく異なっております。

口語訳は、よりプロテスタントよりで、しかも現代常識思想と意訳が色濃く反映されており原文のままでない部分が所々見受けられます。

ですから、同じプロテスタントでも、より意訳を除く努力をした『新改訳』と言う新しい訳本の聖書が出来たくらいなのですから。(こんな事を言っているから怒られるのですが)

で、話しを基に戻しまして、この部分を『新共同訳』では、どの様に訳されているかと申しますと、

40:25 お前はレビヤタンを鉤にかけて引き上げ/その舌を縄で捕えて/屈服させることができるか。

と、なっております。

因みに、『新改訳』を見て見ましょう。

こちらは口語訳と同じ『章・節』になっております。(しかし釣針です)

41:1 あなたは釣り針でレビヤタンを釣り上げることができるか。輪繩でその舌を押えつけることができるか。

口語訳で『わに』の部分が『レビヤタン』となっておりますよね。

英語のNKJ聖書とも同じです。

ではこの続きを『新共同訳』で読んでみましょう。

ちょっと長いですが、面白いので是非読んでみてください。

こちらは、もっと現存しない生物であるどころか、ある架空の生物に激似しているのがわかります。

 

40:26 お前はその鼻に綱をつけ/顎を貫いてくつわをかけることができるか。

 40:27 彼がお前に繰り返し憐れみを乞い/丁重に話したりするだろうか。

 40:28 彼がお前と契約を結び/永久にお前の僕となったりするだろうか。

 40:29 お前は彼を小鳥のようにもてあそび/娘たちのためにつないでおくことができるか。

 40:30 お前の仲間は彼を取り引きにかけ/商人たちに切り売りすることができるか。

 40:31 お前はもりで彼の皮を/やすで頭を傷だらけにすることができるか。

 40:32 彼の上に手を置いてみよ。戦うなどとは二度と言わぬがよい。

[ 41 ]

 41:1 勝ち目があると思っても、落胆するだけだ。見ただけでも打ちのめされるほどなのだから。

 41:2 彼を挑発するほど勇猛な者はいまい。いるなら、わたしの前に立て。

 41:3 あえてわたしの前に立つ者があれば/その者には褒美を与えよう。天の下にあるすべてのものはわたしのものだ。

 41:4 彼のからだの各部について/わたしは黙ってはいられない。力のこもった背と見事な体格について。

 41:5 誰が彼の身ごしらえを正面から解き/上下の顎の間に押し入ることができようか。

 41:6 誰がその顔の扉を開くことができようか。歯の周りには殺気がある。

 41:7 背中は盾の列/封印され、固く閉ざされている。

 41:8 その盾は次々と連なって/風の吹き込む透き間もない。

 41:9 一つの盾はその仲間に結びつき/つながりあって、決して離れない。

 41:10 彼がくしゃみをすれば、両眼は/曙のまばたきのように、光を放ち始める。

 41:11 口からは火炎が噴き出し/火の粉が飛び散る。

 41:12 煮えたぎる鍋の勢いで/鼻からは煙が吹き出る。

 41:13 喉は燃える炭火/口からは炎が吹き出る。

 41:14 首には猛威が宿り/顔には威嚇がみなぎっている。

 41:15 筋肉は幾重にも重なり合い/しっかり彼を包んでびくともしない。

 41:16 心臓は石のように硬く/石臼のように硬い。

 41:17 彼が立ち上がれば神々もおののき/取り乱して、逃げ惑う。

 41:18 剣も槍も、矢も投げ槍も/彼を突き刺すことはできない。

 41:19 鉄の武器も麦藁となり/青銅も腐った木となる。

 41:20 弓を射ても彼を追うことはできず/石投げ紐の石ももみ殻に変わる。

 41:21 彼はこん棒を藁と見なし/投げ槍のうなりを笑う。

 41:22 彼の腹は鋭い陶器の破片を並べたよう。打穀機のように土の塊を砕き散らす。

 41:23 彼は深い淵を煮えたぎる鍋のように沸き上がらせ/海をるつぼにする。

 41:24 彼の進んだ跡には光が輝き/深淵は白髪をなびかせる。

 41:25 この地上に、彼を支配する者はいない。彼はおののきを知らぬものとして造られている。

 41:26 驕り高ぶるものすべてを見下し/誇り高い獣すべての上に君臨している。

 

となります。

如何でしたでしょうか?

(空を飛ぶ)鳥の様でもあり、口から火を噴き、海をもかき混ぜる。

なるほど、ヨーロッパのドラゴンの様であり、中国の龍の様でもあります。

そして、これらの生物に関しての記述シチュエーションは、(聖書でこの前後を読めば分かる事なのですが)ヨブと言う人物に対して神が戒めの為、自分の創造した生物を挙げて、お前が知っているこれらを見よと言いながら、説明している場面なのです。

ですから、当時、現存しないものを神は、人間に例を挙げて説明できません。

よって、単純に「居た」のです。

しかも、神はその創造物に対して、誇りをもって説明している事は明らかです。

そこには、創造者としての被造物に対する愛が見えます。

「居た」のです。

これは、『聖書外典』ではなく、『正典』に書かれている事なのです。

神が言う様に、生物界の頂点にいたものであれば、個体数も極端に少なく、化石として見つかっていない事も大いに考えられます。また、これを比喩的にサタンと読む場合も有ります。余りにも想像を絶する生物なので、しかも後半に書かれている事がサタン(龍)の表現にダブル部分があるからです。
しかし、いずれにしましても、この一連の部分は、神が、その時に居たものに対する説明です。しかもヨブも熟知しているものに対しての説明なのです。
それは、確かに居た。若しくは居るのです。

ですからこの同じblogの中の『創世記を少し』で、ちらと『恐竜』も箱舟に乗ったかもしれませんよと書いたのは、最初の『the behemoth』の部分があったからなのです。
『Leviathan 』に関しましては、鯨やサメの様に、外での生存が可能だったと思われます。
 

如何ですか?

『聖書』もなかなか楽しいと思いませんか?

これを機に、読んでみては如何でしょうか?

但し、一人では、その解釈が難しいですので、お近くの教会に行って、牧師先生に色々と聞いて見て下さい。

Blogでこんな記事を見つけたのだが本当か?

などと、質問して見て下さい。

そのページを開いて、説明してくれるかと思いますよ。

但し、日本人の牧師先生の中には、これは「河馬」の事だ! こっちは「わに」の事だ! と言う先生もいるかもしれません。

 また、この龍は、今の中国にいると言われる先生もいるかもしれません。

いずれにしましても、今は、各教会の礼拝や集会が留められております。

個人レッスンを受けるには、今がチャンスかもしれません。

それが、初めての方であれば大歓迎されると思います。

これを機会に謎のキリスト教の正体を確かめてみるのも宜しいかと思います。

但し、マスク持参で、TELアポを取ってから訪問してくださいね。

それと、くれぐれも外出時には、コロナにご注意ください。

 

今日も、読んでくれまして有難うございます。

このコーナーでは、ちょっと、おもしろい聖書のお話をチョコット紹介しております。

不定期の更新ですので、思い立った時に時々訪問して見て下さい。

あと、お友達に紹介してくれると年寄りの励みになります。

宜しくお願いいたします。

では、ごきげんよう。

ハレルヤ



        ※meganejiでした。